摂食嚥下障害1にても述べていますが、誤嚥性肺炎を生じたとのことで経口摂取をやめ、経管・経腸栄養(点滴などによる栄養補給)に移行するケースは多いと思います。
これが実際に食物誤嚥や逆流物誤嚥による肺炎なのか、VF(嚥下造影)等行わない限り明らかな確証はありません。実際には口腔清掃の放置による口腔内細菌の繁殖と、肺炎起炎菌を含んだ唾液の不顕性誤嚥が重なって、誤嚥性肺炎を生じたのかもしれません。
と言うのも、当院の患者様でも、経口であろうと非経口であろうと、口腔内の清掃状態は大して変化はなく概ね不良だからです。だから、いずれにおいても肺炎は生じています。
誤嚥性肺炎が疑われる場合には、まずは口腔内の状態に目を向けるべきです。大きな因子としては清掃状態がありますが、虫歯や歯周炎、欠損の状態、など、食塊形成が良好にできない状態を見分けることが重要になります(準備期障害が原因の摂食嚥下障害)。
経管・経腸栄養に移行することは、口腔機能にとっては大打撃です。ましてや、そこから経口に戻る可能性はおそらくかなり低く、これが口腔機能、咽頭機能の廃用症候群へとつながります。うまく食べているようだが、発熱が続く、という状態の場合は、不顕性誤嚥の可能性も考慮し、まずは清掃状態に着目し、適切な口腔ケアを行うことが第1選択となります。
では経管・経腸栄養となった際には、口から食物摂取していないので、口腔ケアは不要でしょうか?経管栄養の方の口腔内を見てみるとわかりますが、痰や歯肉からの出血が固まって、舌や歯の根元、口蓋などに固くこびりついてます。これが放置されていれば、肺炎を防ぐことは難しくなります。
臥床気味の老年期の方のお部屋に入ると、まず臭いを感じるはずです。この臭いはほとんどが口腔から発せられる臭いなのです。口から食べていないのに、と思うかもしれませんが、痰や血液が唾液中のタンパクと絡み合い、汚れの塊となって不快な臭いを発するのです。その証拠に、口腔ケアを適切に行った方の個室は、行う前に比べてお部屋の臭いがまったく違います。これは家族の方がよくおっしゃります。
また口を動かさないので唾液も少なくなり、歯肉の変性も生じ歯肉溝などから出血を生じやすくなります。唾液が少ないと口腔内の自浄作用もなくなります。もともと口腔内には300種類以上の細菌が存在していたわけですから、食事をしなくなったからといって全滅するわけではありません。これで口腔ケアを放置されたら、細菌にとっても格好の住みかとなってしまいます。だからこそ、経管・経腸栄養の方でも口腔ケアが必須なのです。
私がこの病院に来て患者様の口腔内の惨憺たる状況について非常に驚きましたが、もっと驚いたのは、ベッドサイドに近いスタッフ(看護師さんなど)の老人医療における口腔機能の重要性の理解の低さでした。
昨今の流れから、さぞかし老人病棟では口腔ケアが盛んに行われているのでは、と思って赴任したのですが、その思いはもろくも打ち砕かれました。
寝たきりの方などでは、入浴もままならないことが多いので、陰部洗浄などを行います。これは排泄器官を汚れがつかないように洗浄するわけです。口腔は排泄器官とは逆で、ものが入ってくる部位です。空気から水分、栄養分といった必要なものも入ってくれば、バイ菌などの有害なものも入り込んできます。つまり、健康を脅かす因子からの最初の防御部位なのです。
なのになぜ、陰部洗浄はルーチンワーク(業務の一環)として行われ、口腔清掃はないがしろにされるのでしょうか?
噛めない辛さ、食べられない辛さなど、やはり患者様と共有ができていないのかもしれません。だから、歯科へ紹介を受ける時点では、すでにかなり悲惨な状態になっていることが多いのでしょう。患者様が紹介された際の主訴以前に、他部位の治療が必要であることがほとんどです。
概ね多くの看護師さんが口腔ケアについては興味を示しません。特に師長クラスが興味を示さない病棟に於いては、言わずもがな末端のスタッフまでほとんど興味を示しません。
口腔機能の知識は病棟の看護師さんも一般の方々もそう変わりはないのではないかと思います。これは看護師さんなど医療関係者の方達と話をしてみればすぐにわかります。さらに、自身が良好な口腔状態を維持できている人は、スタッフの方々でさえ少ないと思います。
日大歯学部の植田先生とが言っています。
「病院を退院し、療養生活に入る段階で、『体は健康を取り戻しても、口腔は寝たきり』といった高齢者を増発することになってしまった」
要介護者がいる環境では、病院、家庭に関わらず、まだまだ要介護者の口腔への関心は低い状態です。ご家庭に要介護者がいる方は、一度要介護者の方の口腔内を見てみてください。思わず目を背けたくなる状態になっていませんか?
やり方がわからない、という方も多数いらっしゃることでしょう。今や口腔ケアに関する書籍だけでも多数出版されています。病棟で看護師さん達が口腔ケアを行うにあたり、指導する上で私がよく参考にしているのは以下の本です。
「5分でできる口腔ケア 介護のための普及型口腔ケアシステム」
角 保徳・植松 宏著 医歯薬出版
「ナースのための口腔ケア実践テクニック」
岸本 裕充著 照林社
他にも専門的な本は数多くありますが、これらの本では一般の方でも行いやすい簡便な方法が述べられています。私どもが専門的口腔ケアを行う際には細部まで目を配って行いますが、家族の方、介護職の方、看護師さんなどが行う際には、簡便且つ効果的な方法が良いと思います。
看護師さんはじめベッドサイドのスタッフに口腔ケアの重要性と恩恵を認識してもらうことだと思います。なぜ口腔ケアを行うのか、その理由がわかっていないままでは確実に長続きしません。ただでさえ忙しいようなので、口腔ケアという行為が余計な仕事だと認識されがちな傾向があります。これはどこの病院でもそうのようで、熱心な衛生士さんや看護師さんの苦悩を学会やネット上で見ることができます。
悲しいかな、当院でも病棟間でかなりの温度差があります。積極的に看護師が清掃法法や状態について質問してくる病棟もあれば、こちらが指示してもまったく行わず廃用が進む一方の病棟もあります。うまく対応できるかどうかは各病棟の看護師の質、師長の質にもよると思います。これは身をもって知らされました。
これだけ誤嚥性肺炎や口腔機能に関連していることが老人医療界でも認識されつつあるので、できればもともとの看護師の職務の一環として取り入れられることが好ましいと思います。とある看護大学の先生とお話する機会がありましたが、看護教育における口腔ケアの取り組みは、教官の裁量に委ねられているようです。これがルーチンワークという認識のもと看護教育にも取り込まれれば非常に喜ばしいと思います。
TOP PAGEへ← →摂食嚥下障害へ
|